
スティーヴ・ジェームズ監督
オフィシャルインタビュー
本作を制作するに至ったきっかけをお聞かせいただけますか。
テッド・ホールは当時10代という若さで、ソ連に原爆の機密を渡す決断を下しました。このことに非常に驚き、歴史上伝えるべき重要なことだと思いました。同時に彼の存在を伝えることで、若い人にインスピレーションを与えられる、若い人びとを鼓舞できると思ったのです。勇気を持って行動すれば、世界に大きな影響を与えられるということを伝えたくてこの映画を作りました。
テッド・ホールは、米国内では原爆投下に疑義を突き付ける、いわば「タブーな人物」だと思いますが、監督は彼の行為をどのようにお考えでしょうか?
テッドは勇敢でした。彼は機密をソ連政府に売るためにスパイ行為をしたのではありません。第二次世界大戦後、原爆の持つ威力が世界にどのように影響するかを心配しソ連に原爆の機密を渡しました。その決断はソ連政府のためではなく、ソ連の人びとのためです。ソ連の人びとが原爆の犠牲にならないためにと考えてやったことです。
非常に理論的な彼が、第二次世界大戦後の世界を憂いた上でこのような行動に走ったのは理解できます。彼はアメリカに忠誠を誓ったのではなく、人類に忠誠を誓い「正しい理由」のためにやったのだと私は思います。もちろん原爆を作らないことが最善ではありますが、それはテッドがコントロールできることではありませんでした。彼は、何とか「自分にできること」を考え、行動したのだと思います。
アメリカでは本作はどのように受け入れられましたか?
アメリカでの反応は、個々人の政治的立場によるものが大きかったです。批評家の中にもテッドに共感する人もいれば、日本軍が行った行為の残酷さやソ連の独裁政権がやったことをもっと見せるべきだという意見もありました。私がテッドに加担しすぎだと言う人もいました。一方でテッドに共感し、歴史的事実に驚いて帰る人もいれば、裏切り者のテッドを勇気ある人間として描くべきではない、と言う方もいました。
本作は「ある家族の物語」でもあるように思いますが、本作の中心にテッドと彼の家族を据えたのはなぜでしょうか。
これは家族の物語です。テッドの話でもあり、それ以上に妻ジョーンの話でもある。彼女は若くして勇気があり、政治に関心があり、フェミニストでした。彼女はテッドをFBIから、そして彼自身から守ったのです。テッドとジョーンの間にある固い絆そのものが素晴らしい物語です。困難に立ち向かう二人の強い関係性を描きたいと思いました。テッドの娘たちも、父の行動を母が助けていたことについてどう感じていたのかを話してくれました。私は常に、このような個人的な物語が社会的にどのような影響を持つのか、そのことを伝えたいと思っています。
テッド・ホールはどのような人物でしたか?
彼は非常に賢い若者で、スパイ行為がなければノーベル物理学賞を取れたのではないかとも言われています。しかし彼は政治的なことにも関心があり、人類を深く案じてもいました。だからこそ私は彼を素晴らしい人物だと思います。ナイーブな面もあり、自分自身を疑ったり、後悔することもありましたが、その気持ちは全部本物で「人間味ある人」なのだと思います。それが彼の魅力であり、複雑さでもありました。ジョーンも同様で、二人とも同じような政治的信念をもっていて、頭が良く、当時のいわゆる「典型的な若者」とはかけ離れた存在だった─そういった点で強く惹かれ合い、人生を共に歩んだのだと思います。
核の脅威が高まっている中、原爆投下から80年という節目でもありますが、今年日本で本作が公開されるということについてどのようにお考えでしょうか。
日本で公開されることを非常に嬉しく思っています。第二次世界大戦の歴史はアメリカではあまり知られていません。特に原爆に関しては多くの人が事実を知りません。日本では、当時何が起きたのかを多くの人がご存じでしょう。本作は、日本の皆さんの「アメリカは原爆を落とすべきではなかった」という視点を裏打ちするものです。映画『オッペンハイマー』(2023年/クリストファー・ノーラン監督)公開時には、原爆が日本にどのような影響をもたらしたかを描いていないことについて不満が出ました。本作がそれを補完・修正するものになればいいと思います。原爆投下によってどのような惨状が生まれたのか、そしてその背後にはどのような政治的背景があり、「日本に降伏をさせる」こと以外に真の狙いがあったことを、本作を通じて知っていただきたいと思います。